中村健之介『永遠のドストエフスキー』(中公新書)

BK1にも書いたやつを以下に転載)

 一度もドストエフスキーの本を最後まで読み通したことのない私ですが、なあに、読んでなくても関係なく面白いです。
 夏目漱石ドメスティックバイオレンス親父だったとか、森鴎外がマザコンだったとか、文豪のアンバランスな部分というのはとかく目立つものですが、ドストエフスキー氏もその筋のお方だったようで。

 その歪みがまた分かりやすいくって可愛らしいんですね。
 被害妄想の激しい著名な小説家が、そろそろ老年にさしかかろうとする45歳で結婚した相手、これが19歳の女性。この歳じゃ半分「少女」です。
 この女性、ド氏の「病気」を全く苦にしないどころか、掌の上で慈愛に満ちた視線と共にド氏を暖かく包みこむといった具合。氏はその母性保護をいいことに自分の「病気」をフルパワー全開しつつ執筆に邁進し、かたやカミさんは「しょうがない子だねえ」てな感じで適当にあしらい面倒を見る、と。
 この「グレートマザー」(ユング)と「心を病んだ夫=息子」のカップリング、映画や小説で聞いたり見たりしてませんか? これは大塚英志物語論のかっこうの題材じゃありませんか?
 本書の白眉は、ド氏の壊れっぷりと、妻との手紙から浮かび上がる相互依存の描写です。これを読んで、ド氏に「萌え」る連中が出てきてもなんら不思議ではない。やっかいなのは、萌えの対象が氏の小説じゃなくて氏自身のキャラクターのほうだということなんですが。

 ろくに読んでないくせに言うのもアレですが、ドストエフスキー小説ちゃんと読みましょう皆さん。なんつったって、こんなヘンな人が書いた小説はやっぱり面白くないわけがないと思う。