十ウン年ぶりの京都は下鴨神社古書市に参戦してきた。
 会場のデカさと品数の多さにしばし圧倒された後、端のテントから根気よく見ていくことに。通常の古書市ならこれで行けるのだが、このくらいの規模になると無理だったようだ。徐々に疲労が溜まっていくのが分かる。会場内の軽食場でビールとウドンで一息入れ、再度アタックを試みるも息が続かず"酸欠状態"に。いやあ、実に参りました。
 もうろうとしてきた頭に頭痛が加わり、だんだん残りのテントも少なくなって来た頃、伊藤整『太平洋戦争日記』全三巻揃が目に入った。第一巻を箱から出してめくると巻末に「3冊4,800円」とある。明らかに躊躇する値段であることに加え、既に何冊か入っているバッグパックがこれでぐっと重くなることが頭をよぎる。予期せぬ疲労で後ろ向き思考になっていたこともあり、購入を諦め、もう帰ろうと出口へ歩きかけた。
 出口でふと、もう一度あの日記を見てみるかという気が起きた。情けない話だが、せっかく京都くんだりまで出張ってきたんだから、大物一つくらい持って帰りたいという欲が出たのだと思う。先ほどのテント(あとでチェックしたらヨドニカ文庫さんでした)に戻ってもう一度値段を見ると、第一巻の箱の隅に「3冊1,500円」の文字が。
 あれ?
 おそらく、疲労で朦朧とした目には箱の文字が見えなかったんだろう。古本の神様がどういう気まぐれか背中を押してくれたおかげで、最後の最後に良い買い物をさせてもらいました。

 その後元気を取り戻し、母校を外から眺めつつ銀閣寺道まで歩いた。私のラーメンライフ(と言えるほど大げさなものではないけど)の原点の一つ「ますたに」でラーメンを食べてみたかったからだ。ここは、昼に店を開けたら夕方スープがなくなり次第終了というお店なので、昔とオペレーションが変わっていなければ、午後の客の来ない時間帯でも閉めていないはずだと考えた。
 変わってなかったねえ。店の外観も、ご主人+おばちゃん数人のメンバー構成も、20年前と同じだ(もちろんおばちゃんの入れ替わりはあったはずだが)。味はというと、私のつたない記憶による限り昔と変わらない背脂の乗ったこってり醤油味。最近は市内はおろか東京にも支店が出ているらしいが、本店の外観は"街の古ぼけたラーメン屋"のまま。
 「ますたに」の2件隣にあった、昔自分が溜まり場としていた先輩の下宿の家もそのままであった。学生のものらしき自転車が置いてあり、下宿業もまだやっているらしい。
 他にも、鴨川の三角州で遊ぶガキども、進々堂、緑の市バス、大学のタテカン。20年の時の流れが止まっているかの如き風景が目にしみる。歩いてみて変わったところといえば、こじゃれたマンションが何件か建っているのと、百万遍に大きなドラッグストアができたことくらいだろうか。

 最後に、疎水と今出川通を挟んで「ますたに」のほぼ向かいにある、オープンしたばかりの善行堂に立ち寄る。思った通り、私の脊髄を大いに刺激する品揃えで、頻繁に来店できないのが残念。日夏耿之介『風雪の中の対話』(中公文庫)、室生犀星『我が愛する詩人の伝記』(新潮文庫)を購入しました。長く続けていただきたいです。